diary


いつもの暮らしの中で、ちょっと「おっ。」と思ったことなんかを綴ります。








2019.4.22.mon

一昨年に作った曲で、「いわずのみすゞ」という歌がある。

2001年に五十嵐匠監督の「みすゞ」という映画が公開された。当時、私は月に5回くらい映画館に通っていて、この映画もその時期に観た。

そして、金子みすゞさんという詩人を知った。

なかでも、「露」という詩が好きで、ときどき本棚から「金子みすゞ童謡集」を取り出しては、開いて読んだ。

一昨年のある日、ふっとメロディが浮かんで、歌い出してしまった。

そしたら、すいすい2番と3番が浮かんできて、歌うのが心地よくって、ときどきライヴで歌っていた。

7月のワンマンに向けて、この歌をどうしようか、と悩んでいる。

声に、どんな楽器を合わせたらこの歌が伝わるだろう。

ギターだけ?フィドルだけ?それともふたつ?

 

「誰にもいわずにおきましょう」

 

そんな気持ちが伝わるにはどうすれば良いかなあ、と悩んでます。

でも、できてから1年以上経って、なんか、今が歌い時なんです。この歌。

 

昨日、その童謡集をパラパラ眺めていたら「海とかもめ」という詩が目にとまった。

ああ、すごいなあ。「海とかもめ」は今のわたしにぴったりだ。

みすゞさんはすごい。

とってもかんたんな言葉で、リズムで、こんなにも私の心をつかんでしまう。

 


2019.4.21.sun

今日は、出町柳「クウカイG」での初めての音楽ライヴでした。

マスターGのちょこっと酒談義に始まり、私とUDK、そしてEASYLIKE。

ごはんは、「みずの食堂」のRICAさんにお願いしました。

機材を持ち込んでのライヴは初めてで緊張したけれど、EASYLIKEのウエチさんとスミさんに助けてもらい安心して演奏できました!

EASYLIKEの晋ちゃん愛しのマリアちゃんは、私が10代後半から知っている仲で、丸太町クウカイからのお客さんや出町柳クウカイGからのお客さん、音楽をしていなければ出会っていなかったミツオくんとRICAさんが一同に会しているところを見ていて、繋がりってすごいなあ、音楽やってるとほんまに面白いことになるなあと思いました。ちょっとずつちょっとずつ、自分のペースで世界を広げていけてる気がします。

 

今日、歌った曲の中では、

金子みすゞさんの「露」という詩に、私なりの2番と3番をつけて曲に乗せた「いわずのみすゞ」を思うように歌えたこと、

「好きなんじゃないかしら」の歌詞、「あのね、、」という部分をとても気に入って下さった方がいたりと、新しい発見が多い日でした。

 

次回、同じメンバーでのライヴは、9月15日(日)予定で進めています。

 

しかし、笑いました。とにかく笑いました。

みんなめちゃめちゃ元気やわ。笑

 

【セットリスト】

いつかの朝に珈琲を(with UDK)

いわずのみすゞ

時には昔の話を(加藤登紀子cover)

出来事

スイミング

好きなんじゃないかしら

カントリーロード(with EASY LIKE)

 

【RICAさんのごはんリスト】

鳥モモ肉の揚げない唐揚げ

ポーク・テリーヌ

厚揚げの油淋鶏風   →ゆっことミツオ君のお腹にスマッシュヒット

ミニ・キッシュ    →ゆっこのお腹にスマッシュヒット

無添加ソーセージ

野菜いろいろピクルス  →ゆっこずっと食べてた。。。

ライスボール(梅、鮭)

日本酒のケーキ

酒粕ガトー・ショコラ

 

あと差し入れの南部せんべい入りのチョコレートと男山の「蒼天伝」(日本酒)が

とても合って美味しかった。

私はお酒がほとんど飲めないのだけれど、日本酒は、隣に水を置いて交互にちびちび飲むと気持ち悪くならず飲めるので好きです。

「蒼天伝」は飲みやすかった!

 

※RICAさんの「みずの食堂」は次回6月1日(土)です。

ほんまに美味しいものをお腹いっぱい食べれるので、来た方がええよ。

 

 


2019.4.15.m

7月20日のワンマンに向けて、バンドメンバーに渡すデータを作っています。(予定より遅れ気味、、、!)

曲のアレンジというのは、なんと奥深いのでしょう。曲の持つ世界観、意志は崩さずに、楽器や歌い方、リズムをかえていく。

いわば、「伝え方」を考えることなんだなあと思いました。

そして、曲を作った本人ではなく、信頼している第3者の意見を聞くことの面白さ、それを取り込んで、さらにイメージを発展させて出来上がっていくものが楽しくて面白くて仕方がありません。

音の打ち込み、録音はギター担当のミツオ氏がやってくれていて、私は隣でああだこうだと思うように伝えています。ありがたいです。

「紬」が完成。今は「エレメント」の最終段階です。次は、「スイミング」かな。

私は、歌詞カードの作り直しが終わり、今日は残りの譜面を一気にしあげます。その譜面をコピーして、自分なりのアレンジイメージを書き込んでいく。

今日は「あなたが触れたこの手で今日も」のイメージを膨らませるのが目標です。

とはいえ、、

食生活がちょこっと不健康になってしまっているので、夕方には買い出しに行き、作り置きをしようと思います。

土井先生の新刊を買ったので、そこからメニューを決めよう!


2018.4.22.s

 

思い立って、夫婦2人旅に出た。「東京近郊」「2日間」という条件で、まわりたいところをまわれるだけまわった。

拠点にしたのが、神奈川にある叔母のおうちだった。

 

急なお願いにもかかわらず、おばさんは迎えてくれた。

結婚をして、親戚になったこのおばさんのことが私は好きだ。

 

品があって、かわいくて、自分に無理のない範囲で迎えてくれる。

(といってももちろん、無理はさせているんだろうけれど)

ちょぴっと頑固なところも好きだ。

 

おばさんの家にはおばさんの暮しの「くふう」がたくさん隠れている。

 

にたどりという山菜の佃煮

もらった蕗のあくぬき

夜にのどが渇くために、昼間に冷やしておく水のこと

タオルがたくさんあること

おふろにカビがはえにくくするくふう

醤油差しや食卓塩を置くトレイに小さな布をひいてトレイが汚れないようにするくふう

 

そんなたくさんの「くふう」のなかでおばさんは暮している。

 

焼き鮭やアジの干物、ごぼうの炒め煮、豆もやしと薄揚げの煮物、三つ葉のお味噌汁

美味しいものをたくさんいただいて、お風呂もはいって、布団でねかせてもらう。

 

そんな贅沢なおもてなしのなかで、私がゆいいつできたことは、できるだけ、そのくふうを壊さないことだけだった。洗面所を汚さないようにしたり、シャンプーをもとの場所に戻したり、そんな小さな。

 

 

それでも、せっかくの旅だと思うと、たくさんまわり、帰りが21時をすぎてしまう。

ふだん20時30分には寝ているというおばさんの目はしぱしぱ。

「ごめんね」という私たちに、いいよいいよとお水をいれてくれる。

そして、朝は普段どおり早く起きていて、5時30分には日課の散歩にでかけていく。

 

 

私もなりたい。

 

3人でごはんを食べてるときに、

「やっぱり、みんなで食べると美味しいねえ」

といってくれたのが嬉しくて、この旅、最高のおみやげかもしれない。

 

 

おとなになりたい。

こんなおとなになりたいなあ。

 



2018.3.30.f

 

わたしの住んでいるこの国は今、武器を輸出しているんだ

 

 

数ヶ月前に初めてそれを知った、

思えば、この事実が背中を押してくれたのだと思う。

 

わたしは「この世界の片隅に」という映画を、今日やっとみることができた。

 

みるのが怖かった。みてしまえば、わたしの中のなにかが動き出すという予感に怯えてもいた。

でも、「武器を輸出している」という現実にはそんな怯えを吹き飛ばすくらいの破壊力があった。

 

 

(ここから先は、本編の内容にも触れますので、ご覧になっていない方は、ご注意ください)

 

 

 

 

広島に原爆が落とされる。

「広島に住む人々の日常」が、呉の街に吹き飛ばされてくる。

回覧板は道に落ち、障子ふすまは木にひっかかる。

 

ひとつひとつの家族の暮しがどう壊されたのか、

あたりまえのことをわたしは何一つわかっていなかった。

 

 

広島で被爆し、顔が変わってしまうほどの大怪我を負いながらも故郷の呉へ帰りつき息絶えた息子に

気付いてやれなかった母親は、ずっと自分を責めるだろう。

 

お祭りの買い出しのために母親を市街へ送り出した妹は、ずっと自分を責めるだろう。

 

きっぷを買うためと娘と離れてしまった母親も

右手で手をつないでいた叔母も

下関への疎開を勧めた祖父も

ずっと自分を責めるだろう

 

みんなみんな自分を責める。

 

戦争は、みんなを共犯者にしてしまう。

 

 

すべては無くさなくていい命だったし

無くさなくていい右手だったし

無くさなくていい家だったし

無くさなくていい無くさなくていい無くさなくていいものばっかりを

あの戦争のせいで、無くすことになった。

 

 

 

 

花森安治さんの書いた文章を思い出した。

終戦を迎えた直後のことを書いた文章

 

 

戦争がない ということは

それは ほんのちょっとしたことだった

たとえば 夜になると 電灯のスイッチ

をひねる ということだった

たとえば ねるときには ねまきに着か

えて眠るということだった

生きるということは 生きて暮すという

ことは そんなことだったのだ

 

 

「一銭五里の旗」という文章の一部なのだけれど、

空襲が日常だったころ、家々の窓は黒い布で覆い、電球のかさにも黒い布をかぶせ

夜、家から光が漏れないようにしていたから、夜は真っ暗だったそうです。

 

すずさんたちが、電球のかさにかぶせた黒い布をはずし、白いごはんを食べる。

家から漏れたその明かりを港にいる周作さんがみる。

 

暮しがひとつ、戻ってきた瞬間だった。

 

 

 

 

出町柳にある新しい映画館「出町座」2階のスクリーン室を出て、受付のある1階に降りた。

「パンフレットください」というのが、やっとで、

じっくり館内を探検できなかった、この映画を上映してくれていてありがとうとも伝えられなかった。

 

出町座の外に出たとたん、残りの涙が溢れ出した。

ぼやける視界の中で、自転車の鍵をまわしたことを、わたしはきっと一生忘れないと思う。

 

 


2018.3.26.m

 

起きたら、昼の12時だった。

だめだめ夫婦だね、と笑い合った。

 

3/16以降、休日に無理をすることを諦めた。

あれやって、これやって、こう動いたら効率が良くて、

なんて

休みの日まで考えなくてもいい。

 

 

しかし、性分はなかなか変わるものでもなく、

 

「吉田山のカフェに行って、哲学の道を歩いて、グリル小宝でヤキメシ食べて、

あ!丸善(河原町)にも行きたい!!うーん、自転車かなあ、バス?電車?うーん」

 

と悩みだす私に、

 

「いや待て、まずは小宝まで。そこから先はその時のきもちで考えよう」

 

と、夫。

私の気まぐれに付き合わされること3年以上、その経験値からの指摘の精度は高い。

 

 

 

帰宅して、上司からの宿題を考える。

 

「人を育てていく」ということなんだけれど、うーん、、難しい。

そもそも「育てる」って子どもじゃあるまいし、すごく、自分がえらそうに思えて違和感がある。

入社したばっかりのスタッフを「育てる」のは、まだ分かるのだけれど、

入社して数年、自分でも経験して、考えて、動いてきたスタッフを「育てる」、、、うーん。

「向き合う」じゃないかと思えてきた。

向き合って、話して、不安なことがあるなら、一緒に悩んで考える。

 

 

私に会社から支払われている給与の一部は、この「向き合う」代じゃないかしら。

ときどき、向き合うことに逃げたくなるけれど、逃げることもあるけれど。

 

「あ、私、今逃げたな」と気付いた時に、すぐにまた「向き合い」にいく。

 

 

ここまで、書いて気付いたのは、

ああ、家族も一緒だなってこと。向き合う。

だれに褒められても、けなされても、心配されても、羨ましがられても、まわりや一般論とくらべてどうだとか、そんなことは置いといて、

 

向き合う。

 

腹が立ったら、喧嘩する。

もやもやしたら、嫌味も言う。

嬉しかったら、伝える。

不安なときは、抱きつく。

 

 

生きているだけで、嬉しいことってある。

そう思える一瞬を意識する。

 

 

 

今日も、良い休日でした。


2018.3.16.f

 

きのう、少し、見栄をはって、「暇だ」とSNSに投稿をした。

15時から17時まで私たち夫婦は「暇」ということにした。

 

一日でみると、14時まで仕事をしていたし、17時からは明日以降のための料理を作り置きしていたし、そんなに暇とは言えない一日だったけれど、

でも、

「暇だ」って投稿してから、すごく気持ちが楽になった。

 

陽が傾きだした時間に歩いたことのない道を歩く。

卒業式帰りの学生に春を感じる。

府立体育館にたどり着き、「わあ!中学生のときに来た!!」とテンションが上がる。

イズミヤの5階にある小川珈琲から、比叡山と大文字山が見えて嬉しくなり、

エレベータで地上に近づくごとに、今度は寂しくなる。

特に中身のある話をすることもなく、お互いにスマホをみている時間も少なくない。

 

でも、

たった数時間の「暇」がこんなに私を回復させてくれるとは。

 

これからは少し見栄をはろう。

背伸びをして、「暇」でいよう。

 



2018.1.26.f

 

1月に発売になった「広辞苑第7版」を誕生日プレゼントとして、前借り購入した。

早く買わないと、初回特典の「広辞苑をつくるひと」をもらえなくなるから、の前借り!笑

 

広辞苑が欲しいと思った理由は、いろいろあるんだけれど、

○つくった人がきちんとわかる言葉の説明に出会いたかったこと。

○間違った箇所があれば、「ごめんなさい、ここ訂正ね」と教えてくれる安心感が欲しかったこと。

○特典「広辞苑をつくるひと」を読んで、どんな「ひと」たちなのかを知りたかったこと。

 

でも、なにより、

私が育った家には「広辞苑第2版」があった。

 

「広辞苑」で言葉を探すのは面倒で、まずは、清水書院の小さな「国語辞典」で探す。

なかったら、仕方なく分厚くて面倒な「広辞苑」にいどむ。

本を読むときも、宿題をするときも、クロスワードパズルを解くときも、文章を書き始めたときも。

そうやって、たくさんの言葉を探してきた。

 

「広辞苑」がある家(うち)。

ずっしりと重いそれが家(うち)にきて、少し、

「ああ、わたし、おとなになったんとちがう?」と思った。

 

欲しいと思ったいちばんの理由はこれじゃないかしら。

 

 

さて、うちにやってきた「広辞苑第7版」

はじめに、昭和30年に書かれた新村出さんの第1版に寄せたまえがきがある。

 

読み始めてすぐ、言葉を引いた。

読み進めてまたすぐ、言葉を引いた。

 

自分の言葉の知らなさに情けなくなりつつ、

「面倒くさいなあ」とおとなになった私も思っていた。

 

これこれ、面倒くさくて、いいじゃない。


2018.1.25.t

 

昨年の暮れから今年の初めにかけては、「健康体のありがたみ」というものを体の芯から思い知った。

健康診断で、大腸の精密検査が必要だとお達しがあり、その検査の結果が出るまでの1ヶ月。

「忙しいから」と油断して、病を患うのは、どう考えても自分の責任だし、それでオットや周りの人に迷惑をかけることを想像し、ぞっとしつづけた。

 

とはいえ、私たちは生物ですし、私たちの体の中にも驚くほどの数の生物が住んでいる。気を付けていても、あずかり知らぬところで、病を患うこともある。それは仕方のないこととして、

うすうす不養生だよなあ、と感じつつ、それを続け、病を患ったときの後悔を思うと、ぞっとする。

それで、誰かの貴重な時間を奪うことになるとしたら、もっと、ぞっとした。

 

ぞっとし続けた1ヶ月は、もし問題なければこう生きようと考え続けた1ヶ月でもあった。

 

○知らないことを知りたい

○そのために、本を読みたいし、人にも会いに行きたい

○人の評価を鵜呑みにせず、自分で考えて、判断したい

○自分を信じるとき、信じないときを使い分けたい

 

なにより、「自分のいのちだな」と強く思いました。

私がもらった一番の宝物、それを使い切らなければ。好きに生きよう。